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ともにゃんの生態

臨床工学技士の「ともにゃん」の個人ブログ。医療機器の管理を中心に日常の戯言を日記にしています。

本日より仕事始め

大型連休も終わり、本日より仕事始めです。
連休中に輸液ポンプの点検に2回ほど、出てきましたが、例年より病棟は急がしそうで、たくさんの貸し出しがありました。今日あたり、たっぷりと返却されそうで少し怖いところです。

それより、正月はぐうたら生活を送り、すっかりメタボが進行したと思って測ってみましたが、体重72kg、W88cmと現状維持でした・・・・?少し背中の方の肉つきがよくなった気がしますが、みなさんいかがお過ごしでしたでしょうか?

 今年もマイペースでブログを書いていきますので、みなさん
 よろしくお願いいたします。
  1. 2009/01/05(月) |
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日本の医療に未来はあるか?

新小児科医のつぶやきから http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/

某大学院医学研究院医療システム学分野教授。全国でも数少ない医療政策や医療マネジメントの専門大学院で数多くの人材を輩出してきただけでなく、全国各地の自治体の政策や医療機関の経営戦略立案などを多数手がけておられる方のお話から

1)医師は応召義務を果たしていない

 医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召 義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と 義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していなが ら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ。

 東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。「施設完結型医療」を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない。

 「いまあるもの」で何とかするのが医療だ

 求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。

  我々は、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当 しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理 由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神 経は麻痺したのだろうか。

少なくても、私たちの世代ま では、そんなことはなかったと記憶ししている。何々がないからできませんなどと言ったら、上司からこっぴどく怒られた。「患者を見殺しにするのか!」と。 そう叱咤する指導者もいなくなったのだろう。たぶん我々の10歳年下からの世代から、そういう習慣ができ上がっていった。そんな気がしている。

<解釈> 

電力会社は営利企業であり、医師は個人です。電力会社は儲からないところに電力を供給していますが、電力会社社員がそのために36時間連続勤務を行なうとか、夜勤という名の違法労働を月に100時間以上も行なうのが当然とされているわけではありません。

医 師は人間であり、必要な休憩を取らないと働き続けられません。応召義務を果たすためには応召義務を果たせる勤務環境の整備が当たり前すぎますがまず必要で す。どう考えても電力会社と言う法人と医師個人を同列において論評するのは無理があります。医師であっても応召義務に応えられる労働環境があれば当然応え るでしょうが、現在の問題は応召義務の言葉に寄りかかられて無限の労働を要求されている事に全く気づかれていないかと思います。

それとこの教授は「満床」の意味を医師でありながら、無知なのか故意なのか判別不能ですが、取り違えられているようです。

満床とは医療者用語で「何もない」です。「今ある」も何も「何もない」という意味です。この教授が臨床をされているかどうかは存じませんが、1人当直のと ころに秋葉原の負傷者が無秩序に運び込まれたら「何とかする」と言うのでしょうか。一人治療に当たれば二本の手は塞がり後は何も出来ません。

こういう医療でも医療者は許し、患者も許していた時代だったでしょうが、現在の医療でこんな事をやらかし、結果不良であればマスコミから嵐のような社会的制裁が情け容赦なく降り注ぎ、患者及び遺族から莫大な損害賠償つきの民事訴訟と、下手すると検察からの刑事訴訟までついて来ます。医療を取り巻く環境が劇変している事を医療システム学ではまったく顧慮しないのでしょうか。凄く陳腐な学問に思えてきます。

<ともにゃんの意見>
 このような全国でも数少ない医療政策や医療マネジメントの専門化である教授が、日本に存在することを理解し、世間は動かされていることを我々は知るべきです。
 そして、日本の医療環境の劣悪さと、時代と供に増加するるマスコミや患者からのバッシングがあることを・・・・・・
国民皆保険が維持できなくなり、今よりももっと医療に個人出費が増え、不便になることが明らかなこの時代に「勝ち組・負け組み」がもっと明確になろうとは、考えている人が少なすぎる日本の平和なところである。
  1. 2009/01/02(金) |
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五感は重要!

みなさま、新年あけましておめでとうございます


新年1発目のネタは、以前にも書きましたが、初心を忘れないように、1999年オペナーシーング8月号に渡辺敏先生が書かれていたものを紹介します。機器管理といえば機器を相手の仕事ではありますが、機器の向こう側には患者さんがいるということを常に頭において仕事に接したいものであります。 


<以下本文>

ある看護師さんの話、患者さんが使用している人工呼吸器の作動音がいつもと異なっていることが気になり、臨床工学技士に依頼した。技士は作動状況をチェックしたが異常はなく設定どおり換気が行なわれていた看護師さんが執拗に作動音の異常を指摘するため、代替機に交換した後、問題の呼吸器を作動テストしたところ、しばらくして突然停止した。停止の原因は、本体の故障であった。

                                                          

この看護師さんは日頃から自分が使用する医療機器の作動音に注意を払っていたため、機器の異常による換気停止を未然に防ぐことができたと考えられる。人間の五感には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五種類の感覚があるが、効果的かつ安全な医療を行なう際にもこの五感の果たす役割は重要であることをこの事例はよく物語っている

一昔前の各種の医療機器が医療現場になかった時代には、この五感に頼らなければならない場面は多く、その当時の医療関係者は五感を働かせながら必死になって患者さんをみていた。現在の医療現場では高性能で安全性・信頼性の高い医療現場が登場したため五感は昔ほど重要でないと考えられがちで、すべて機器に任 せっぱなしで医療が行なわれている傾向があるが、このような時こそ五感の果たす役割は大きい。

その時点で、た とえ医療機器が設定どおりに作動していたとしても、診療を受けている患者さんの皮膚、粘膜などの色、機器のモニター画面などに異常がないか(視覚)、患者 さんの分泌物や機器からの異常な臭いはないか(嗅覚)、脈、皮膚、加温加湿器の表面などを触れた際に異常はないか(触覚)など五感を働かせることも非常に 重要なことである。

機器を使用する場合それはあくまでも人間が作ったものでいつ故障するか判らないため、機器に任せっぱなしにしないで、五感を働かせ、患者さん及び機器をよくみる必要がある。   

                                                       

五感を働かせると患者さんとの良好なコミュニケーションが作られることになり、このことは質の高い安全な診療につながる 

  1. 2009/01/02(金) |
  2. 機器管理
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