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ともにゃんの生態

臨床工学技士の「ともにゃん」の個人ブログ。医療機器の管理を中心に日常の戯言を日記にしています。

人口と食料はエネルギーに作用される

今日は、久しぶりにエコ問題について考えて見ます。
白氏の雑学日記より引用 http://whitemr.exblog.jp/m2006-09-01/

 いわゆる化石時代以前の社会は何千年もの間、太陽エネルギーだけで生きてきた。日本の歴史で最も華やかな江戸時代の最盛期でさえも、3千万人を養うのが精一杯であり、ほぼそれくらいの人口がずっと長い間続いていた。養うことのできる人口は食料で決まるが、その食料はそれに注がれるエネルギー量で決まる

文明が発展して、特に石炭、石油などの化石エネルギーが出てきてから、人口爆発が発生したが、しかしその化石エネルギー時代は長くとも数百年しか続かず、人類の歴史から見れば高々百分の一しか占めない一瞬のはかないときである。しかもその化石エネルギーは地球の一生をかけて貯めこんだ太陽エネルギーの蓄積である。それを一瞬の欲望のために消尽しつくして良いのか、という本質的命題がある。

 発展途上国も、先進国と交流が始まる前は、人口が安定していたはずである(出生も多いが死亡も多いので)が、文明が中途半端に導入されることにより出生数は減少せずに死亡のみが減少することにより、人口爆発が生じる。しかし、生活が向上し安定すれば、出生数が減少して人口は安定するはずである。そこまでどう生活を支えるか、人口増加をどこまで抑えることができるかが、課題である。

現在の便利な生活に慣れた我々に、江戸時代の生活に後戻りすることはもうできないが、せめて発展し続ける生活ではなく、安定した生活を考えても良いのではないだろうか?それが持続的発展と言われる言葉の趣旨だろうと思う。またその生活スタイルやそのための技術をうまく発展途上国に移転して、発展途上国が人口爆発を起こしたり、破綻したりすることなく、ソフトランディングさせることも、大切であろう。それが持続的発展と言われる言葉のもう一つの趣旨だろうと思う。

人類の歴史から見て、化石燃料時代とは一瞬のそして膨大なエネルギー密度のはかない瞬間であること、そしてそれ以降は本質的に新たなエネルギー源を開発しなければ人類が存在し得ないことは明らかである。

国の借金といっしょで人類は、行くところまで行かないと大事なことにきずかないのではないか?もうその時には、手遅れなのに・・・・・
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  1. 2009/01/19(月) |
  2. エコ・マイホーム
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