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ともにゃんの生態

臨床工学技士の「ともにゃん」の個人ブログ。医療機器の管理を中心に日常の戯言を日記にしています。

阪神大震災の時の透析施設スタッフの動き

 昨日「一斉連絡サービス」をご紹介させてもらいましたが、今日は実際に阪神大震災の時の透析施設スタッフの動きを聞いた事があるのでお伝えします。これまであまり聞いた事がありませんでしたが、年月が経過してきているので思い出として語ってくれたことをお伝えします。

 大地震の時にどういう風になるのかは、テレビドラマの「救命救急」で再現されていましたが、うまく再現されていたと思います。

 まず、第一に情報がほとんど伝わってこないと言うことです。ドラマでも家族が心配だから一回家に帰るって人もいましたが、神戸でも1回病院に来たが、帰ってしまった人もいるそうです。病院に来れなかった人の理由も様々で、生き埋めになった人や家が倒壊して自分は助かったけど家族が亡くなられた人を知っています。

 地震の被害ですが、施設の倒壊は免れてもライフライン(特に水道が復旧しない)がダメで、1週間程度透析が出来ない施設が神戸から西宮にかけてはすべてが透析不能でした。六甲アイランドは、ミラクル技で海水を真水に換える装置を持ってきて2日で復旧したらしいです。

 患者さんはどうしたかと言いますと、自力で施設を探すしかなく、大阪や明石というできるだけ、近隣の施設を探して透析したらしいです。患者さんが殺到した施設では、1日4~6クールの透析を施行し、震災後4・5日は働きっぱなしだったらしいです。高速道路は使えず、一般道は大渋滞で透析の物品もメーカーが直接、電車に乗って5時間かけて届けたとか困ったそうです。

 震災後スタッフの間にも、働きっぱなしだった人と来れなかった人の間に距離感が出来てしまったらしいです。15年が過ぎた今だから冷静に話をされていましたが、当時は結構深刻な問題だったようです。本当は、来れなかったスタッフがなぜ来なかったのか?ではなく、
生きているか?を心配する所なのですが、来ている方からすると当時はなぜ!?の方が強かったようです。
 
生きているか?の確認も出来ない現状を解決するためにも、「一斉連絡サービス」は有用であります。ぜひ導入してください。
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  1. 2009/10/06(火) |
  2. 救急・災害
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